国とは何か?を考える。ことは人の命を考えることであり、魂を真珠にする芸術の最終の秋を迎えている。
11月6日(火曜日≂マース、真を開けて主に和す、二本の統一の謀)、米国の中間選挙(エレクション≂勃起せよ)に合わせるかのように米国を求めて南米から五千人のキャラバン隊がメキシコに入った。トランプ政権は入国を阻止するべく軍隊を配備した。
米国は獣性の自衛本能と、神の子としての愛の精神の狭間に二分されて迷いの苦のなかにある。国の本義は玉子を孵化してとなり、雛ヒヨコとなり、羽を育てて成鳥の翁として故郷の天国に凱旋することである。つまり人は夫々が一国一城の主であり、小宇宙である。腹の虫の蝮である真無視のブラックホールを抜けて光の中に飛び出さなければならない、
これが人間の間の字で、自分の腹の虫に囚われてぶらつく怠けの鬼、光に愛のない商人我利根性の罪を反省して丰こと、(すがた)を見せる(罒→目=七→廿=商人→侍,夜→昼、月→日、米→日、世、界=男の完成)こと、
姿=女(エバ=穢場、汚床=泥、土ロ衣、猿、魂の着物、殻田を洗うことが肉体の門を開けて天国の門に入るキー)は次に向かうもの、男として天使の働きをすることが天の子の栄誉である。
国破れて山河あり、城春にして草木深し
国=苦邇育つ、カントリー、=商人女陰(凹=マイナス、陰間、南無)に育ちの理意あり。穴に矢せよ、イエスの譬えの壁に矢して崩して翻訳の真理を得るべし=イエス→イエ矢ス、国家安康,葵、あ阿を負いん運の神と人のキャッチボール、二人三脚で天国へ旅をしているのが狛犬で表された生命の実相である。
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